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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>町田予防衛生研究所・社長ブログ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/" /><modified>2012-04-20T12:49:20+09:00</modified><tagline>MHCL社長が綴るブログ</tagline><generator url="http://jugem.jp/">JUGEM</generator><entry><title>4月を迎えて</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=33" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=33</id><issued>2012-04-10T14:44:00+09:00</issued><modified>2012-04-20T03:16:53Z</modified><created>2012-04-10T05:44:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　今年は、冬が長かったせいもあり、桜が入学式に合わせるように満開となりました。満面な笑顔で、両親と連れ添いながら歩く子供達の姿を見ると心が和みます。東日本震災から1年が経ち、一見落ちついたかのように見える日常生活も、果たしてそうなのだろうかと、ふ...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120411_2325851.jpg" height="264" width="400">&nbsp;<br><br><img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120411_2325850.jpg" height="264" width="400"><br><br><img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120411_2325849.jpg" height="264" width="400"><br><br><br><br><br>　今年は、冬が長かったせいもあり、桜が入学式に合わせるように満開となりました。満面な笑顔で、両親と連れ添いながら歩く子供達の姿を見ると心が和みます。東日本震災から1年が経ち、一見落ちついたかのように見える日常生活も、果たしてそうなのだろうかと、ふと考えます。まだ原発の問題も終息どころか未だに汚染水が流れ、電圧状況の不安定さから、何ら解決が見えない中での原発の再始動を行おうとしている中で被災地の方々の思いも複雑であろうと思われます。ニュースから流れる被災地の情報でも新年度を迎えた子供達が満面の笑顔を浮かべて登校する姿が映し出されていました。あれだけの未曾有の被害を受けた人々の傷は癒されず、また地域の繋がりや子供達の将来を奪った原発を稼働させる事の意味を本当に国は理解しているのであろうか疑問を抱かずにはいられません。<br>　<br>　満開の桜を見ながら、その美しさと一時に散る儚さを日本人は、人生に喩える花として好んで来ました。桜の元に集まり、宴を設けて。今、我々が考えて行かなければならない時期に来ているのだと痛感するこの頃です。<br>　正に国民が皆でこの国を創造して行く時期に来ていると思います。政治に任せるのではなく、誰かに頼るのでもなく自身で出来る事から。飛ぶ鳥を落とす勢いのあった日本の企業も今は昔で、国際競争の中で負け越して大きな赤字へ転落している状況です。人々も未来への展望を失ってるように見えます。しかし思い起こせば先人達も、もっと過酷な状況下で国を再建してきたではないでしょうか。　良き事を学び（継承）、間違った事を正して行けば良いのだと思います。結果、快適な生活や物品等だけを求めるのではなく、心を豊かにして、絆や信義を得る事で、今まで得た以上の心の空洞を補う事が出来る生活を送りたいものです。エネルギーに関しても将来の子供達の為にも必要以上なものを求めずに自然環境を損なうことなく安心出来るエネルギーの供給を考えて行けば日本の価値もより世界で認知されるだろうと考えます。<br>　今回の震災は失われた我々の心を呼び起こし、大きな犠牲の元に変える心を与えてくれたように感じずにはいられません。時代の変化に恐れずに明治維新に学び、変化に対応して行きたいものです。大きな犠牲を忘れない為にも！]]></content></entry><entry><title>被災地の傷まだ癒えず</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=32" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=32</id><issued>2012-03-02T15:05:00+09:00</issued><modified>2012-03-05T09:12:30Z</modified><created>2012-03-02T06:05:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　東日本大震災より間もなく１年が経過しようとしております。2月末の雪が残る仙台にて仕事を済ませた後に、被災地の現状を見に向かいました。　仙台より仙石線に乗り松島海岸まで向ました。仙台駅で行き先を見ると所々の区間が塗りつぶされて、バスによるピストン...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<br>　東日本大震災より間もなく１年が経過しようとしております。2月末の雪が残る仙台にて仕事を済ませた後に、被災地の現状を見に向かいました。　仙台より仙石線に乗り松島海岸まで向ました。仙台駅で行き先を見ると所々の区間が塗りつぶされて、バスによるピストン輸送と書かれてあり、未だに復興がなされていない現況を垣間見る事が出来ました。<br><br><img style="WIDTH: 298px; HEIGHT: 316px" class="pict" alt="仙石線の現況" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120305_2290420.jpg" height="400" width="298"><br>＊仙石線の運航状況（仙台から石巻までの多くの区間にて上記の通りバスでの搬送が行われている<br><br>　駅を降りて歩いてフェリー乗り場まで向かう中で、震災の傷跡を見出す事は、此処からは出来ませんでした。優しい春の日差しを背に受けて遊覧船へ乗り込み島々を周遊する中では、この穏やかな海で震災・津波が起きた事を感じる事など出来ませんでした。昼食を取りにフェリー傍の飲食店に入り、店主の方との雑談の中で、松島は、多くの島々に取り囲まれている立地にあり、幸いにも腰下位の津波で免れたとの事、是非隣町の被害の大きかった東名や野蒜を見て欲しいと言われてtaxiへ乗り込みました。山を越えるとかって陸前高田にも見た風景が広がりました。<br><br><img style="WIDTH: 328px; HEIGHT: 400px" class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120305_2290436.jpg" height="400" width="298"><br><br><img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120305_2290437.jpg" height="298" width="400"><img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120305_2290435.jpg" height="298" width="400"><br><br><img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120305_2290450.jpg" height="298" width="400"><br><br><img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120305_2290451.jpg" height="298" width="400"><br><br>運転手さんの案内で、各所を周る中で、野蒜地域の被害は大きくTVでも列車がくの字型に津波で流された映像をご覧になった方も多いかと思います。この地域では、元々漁村と海水浴場があり夏場には、多くの海水浴客で賑わっていたそうです。しかし元の街の姿を知らない我々には、到底そこに街があった事さえ認識出来ない程に根こそぎ津波が破壊し多くの生命を波と共に流してしましました。<br>また不幸な事にこの地域は、海岸線と漁港よりの双方向より津波が襲い多くの命が奪われてしまいました。また避難場所に指定された体育館や学校も津波が襲い、多くのお年寄りが亡くなられたそうです。<br>この現状を見て、元の街へ戻る事の困難な事は容易に理解出来ます。しかし此処で生まれ育った方々の心情を察するとやるせない気分になります。<br>震災より1年が経過して改めて我々が考えなければならない事と起こった事実に目を背けずに行かなければと強く感じました。時間の経過と共に記憶は薄れるものですが、この災害を通じての生き方を決して忘れては行けないと！　また薄れ行く絆も！<br><br><img class="pict" alt="セントラル医学中西部長、お疲れ様でした！" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20120305_2290422.jpg" height="298" width="400"><br>同行したセントラル医学中西部長、当社営業の古川課長　お疲れ様でした！]]></content></entry><entry><title>あけましておめでとうごいます！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=31" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=31</id><issued>2012-01-05T17:30:00+09:00</issued><modified>2012-01-05T08:32:56Z</modified><created>2012-01-05T08:30:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　
新年あけましておめでとうございますさて、昨年は、東日本大震災という我々日本人の心の中で未来永劫に忘れることができないほどの出来事がありました。地震に伴い発生した津波により、多くの尊い命が犠牲となりました。その様子を報道で見るたびに深い哀しみと...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　
<H3 class=body_title2>新年あけましておめでとうございます<BR>さて、昨年は、東日本大震災という我々日本人の心の中で未来永劫に忘れることができないほどの出来事がありました。地震に伴い発生した津波により、多くの尊い命が犠牲となりました。その様子を報道で見るたびに深い哀しみと、何もすることができない自身の無力さに腹立たしささえ覚えました。誰もが、あらためて「生きる」という意味を強く感じ、人との「絆」の大切さを深く考えた年となったのではないでしょうか。<BR><BR>我が国は、いにしえより、地震により多くの被害を繰り返し受けていたことが古事記の記録にも残されております。先人達はその天災の怖さを畏怖慄くだけでなく、時に厳しい自然と向き合い、対峙してきました。そして今日、それらを教訓にした新しい建築構造や防災対策などで磐石な体勢が構築されている筈と信じておりました。しかし、自然の力は、人の想像をはるかに超えることを今回の震災で痛感させられました。<BR><BR>今回の震災は原発事故を誘発し、今までに経験したことのない放射能汚染まで惹き起こしました。その結果、私たちは今後何十年という長期間に渡り、目には見えない放射能汚染と向き合いながら現実を見極めていくことを余儀なくされました。<BR>過去、何度となく苦難を乗り越えて今日の日本を築き上げてきた我が国の底力を考えれば、必ずまた、あらゆる意味の復興を成し遂げることができると確信しています。<BR><BR>今年も大変厳しいスタートになるとは存じますが、力強く空を駆け昇る今年の干支「竜」のごとく、皆様のご健康とご発展を心よりお祈り申し上げます。<BR></H3>
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<DIV align=right>平成24年１月１日　　　　　　　　　<BR>株式会社 町田予防衛生研究所<BR>代表取締役　　二階堂　哲也　<BR></DIV>]]></content></entry><entry><title>3.11 と　9.11を想う</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=30" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=30</id><issued>2011-09-13T16:05:00+09:00</issued><modified>2011-09-16T06:27:11Z</modified><created>2011-09-13T07:05:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　昨日は、十五夜、皆さんも仲秋の名月を楽しまれた方も多くいられたと思います。我が家でも満月にすすきをかざして、月見団子をたむけました。この様な平和なひと時を過ごせる事を感謝して行かなければと改めて強く胸に刻みました。　さて、一昨日の９月11日は、ア...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　昨日は、十五夜、皆さんも仲秋の名月を楽しまれた方も多くいられたと思います。我が家でも満月にすすきをかざして、月見団子をたむけました。この様な平和なひと時を過ごせる事を感謝して行かなければと改めて強く胸に刻みました。<BR><BR>　さて、一昨日の９月11日は、アメリカのワールドトレードセンターのテロから１０年、３月11日の東日本大震災より半年が経ちました。遺族の方々の悲しみは、時間の経過で癒されるとは思いませんが、しかし時間は容赦なく過ぎて参ります。<BR><BR>10年前のテロの惨劇は、今でも脳裏に深く刻み込まれております。丁度日本時間の夜９時前後で<BR>あったと記憶しております。緊急Newsから流される映像は、目を背けたくなる様な衝撃的な映像が移す出されておりました。アメリカの象徴でもあるNYのワールドトレーディングセンターが崩落して行く姿に、驚愕すると共に何故と？<BR><BR>　テロから遡る事１０年前に短い期間ですが、過ごしておりました。２０代前半であった私は、その刺激的な街や文化にすっかり虜になりました。緑が多くセンスがありモダンな建物が立ち並び、路を歩いているだけで映画のワンシーンのような気持ちにさせてくれる街は世界広しと言え、そう多くは無いと思います。そこで多くの仲間と出会い、多くの文化に触れました。今でも多くの仲間と親しく付き合う中で、まさか月日を経てこの様な惨事になるとは予想だにしませんでした。皆さんもご存知の通り<BR>NYは、アメリカでありながら世界都市と言われる由縁は、他のアメリカの地域以上に包容力があり人々を受け入れて来たことにあります。<BR>　その中で、多くの人種の友人にも恵まれました。地域的にユダヤ人も多く、アラブ人もおりパレスチナ問題はありましたが、今日ほど険悪な状況では無かったように記憶しております。時は、アメリカとゴルバチョフのソ連連邦の冷戦が雪どけを迎えて、歴史的なベルリンの壁が市民達の手により撤去されておりました。憎しみから融和が生まれた象徴として世界の明るい兆しとして感じたのを憶えております。<BR><BR>　それから10年の世界の変化は皆さんもニュース等で聞く通り、アメリカの正義を謳ったテロ戦争は出口が見えず、泥沼状態となり、人種間の融和からは、遠く乖離し憎しみが増えているように思えてなりません。目まぐるしく変わり世界情勢の中で、我が国日本も対岸の火ではなく、これから我々自身も巻き込まれて世界は、大きく変化をして行きます。将来、自分達の子供たちが、安心して暮らせる社会とは何かを自分自身でも問いかける毎日です。<BR><BR>　東北大震災より早半年が経ちました。８月の末に仙台へ行く機会があり復興がどの程度進んでいるのかを見て参りました。一見すると日常に戻りつつ仙台市内でしたが、海に向かうにつれて様相が変わって行きました。目的地の荒浜海岸は、津波による多くの被害を出した地域です。瓦礫の多くは撤去されておりましたが、海岸から見る海は、遥か遠くまで見渡せ、津波が多くを運んで行った傷跡が、未だに残されておりました。タクシーの運転手さんの話を聞くと家が流されて事で、離れた地域でも波音が大きく聞こえるそうです。関連のある仙台の若林区に所在のある社長の話を聞く機会がありました。その社長さんの会社と自宅は津波の犠牲となり、会社社屋の２階はかろうじて津波被害<BR>から逃れる事が出来たそうです。しかし目の前で多くの尊い人命が失われて行く消失感で人生観が大きく変わったそうです。目の前に幼い子供が自分の妹を背負いながら亡骸となり固く離れなかった話を聞くとやるせない気持ちになりました。震災は、抑える事は、出来ませんが、その経験を生かして備える事は出来ます。<BR><BR>　これらの２つの事項も含めて全ては、線として我々自身にも繋がっている事を忘れずに傍観者ではなく、当事者としての意識を持って生きてゆかなければと思います。<BR>だいぶ私的な意向を文書にまとめましたが、あくまでも私見ですので、ご容赦下さい。<BR><BR><FONT size=2>************************<BR></FONT><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff><FONT color=#0000ff size=2>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></FONT></FONT></A><FONT color=#0000ff><FONT color=#000000 size=2>************************</FONT></FONT>]]></content></entry><entry><title>被災地へ行って来ました！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=29" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=29</id><issued>2011-05-06T15:46:00+09:00</issued><modified>2011-05-13T07:40:10Z</modified><created>2011-05-06T06:46:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　大震災以降、自分で被災地に向けて何か出来る事はないかと日々TVで映し出される被災地の厳しい状況を見るに付け胸が締め付けられる思いが強く募っておりました。そんな折に同じ気持ちを持つ会社の仲間を見つけ、まずは行動に移す事にしました。　メンバーは、まだ...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　大震災以降、自分で被災地に向けて何か出来る事はないかと日々TVで映し出される被災地の厳しい状況を見るに付け胸が締め付けられる思いが強く募っておりました。そんな折に同じ気持ちを持つ会社の仲間を見つけ、まずは行動に移す事にしました。<BR>　メンバーは、まだ頻発する地震の危険も伴う事を想定して同じ思いを共有する仲間で編成し、まずは現地へ行ってこの目で確かめて来よう、そして何か出来る事をしてこようと出発2週間前に結成しました。メンバーそれぞれが役割を決めて動き出した中で、長期に滞在が出来ない事を踏まえて必要な物資を求められる避難所に届ける事に決めました。目的地については、多くの議論を重ねて岩手県の陸前高田市と当社広報の戸田君の友人が相馬市役所の総務課で勤務する福島県相馬市に決定しました。　物資を購入する前に何を誰の手に届けるかについて長い議論を行い、弱者である老人や子供達へ必要な物資を届ける事と決定しました。また被災地に於いては感染症の被害が見られる様なので当社業務に繋がる衛生管理についての手伝いを行う為に手洗い方法のポスターや洗剤、アルコール消毒、うがい薬等を用意しました。また近所のよく使う飲食店の店長が今回の震災後にいち早く被災地へ出向き、津波で車が流されて困っている中で、車を持参して喜ばれた話を聞いていたので、迷わず車を手配する事を決めました。<BR>　車以外の物資については、スムーズに購入出来ました。車については、簡単に考えていましたが、調べて見ると被災地では、津波に多くの車が流され被災地向けに車ディーラーが全国で車を集めて通常の2倍から３倍の値段で売り買いがなされている有り様でした。その様な困った状況の中で、当社の営業佐藤君の友人で会社の修理等で協力を頂いている<STRONG>北部ガレージ鈴木氏</STRONG>に相談すると２つ返事で快諾してくれました。驚く事に２日程で軽自動車と普通自動車を確保してくれた上に無料で提供を頂きました。今回の震災に付いては、本当に多くの方々の協力と賛同を頂きました。改めて感謝申し上げます！<BR><BR>　<BR>　全ての資材を調達していよいよ4月２９日朝６時に集合し出発する。岩手までの道のりは遠く又、<BR>連休初日と言う事もありあちこちで渋滞に巻き込まれた。そんな中でもメンバーの山本（sp）、小林（食品検査）、市村（食品検査）、戸田（広報）、池邊さん（コンサルタント）は、笑顔を絶やす事なくミッションを遂行出来た事は何よりであった。当日は一関に夜半に到着する。<BR>　翌朝７時に集合していざ始めに訪問する陸前高田に向けて出発すると同じ方向には警察車両や<BR>自衛隊車両が多く走行しており一同に緊張感が走りました。　山々を通過する中でここが被災地なのかと思う程に途中の状況はのどかであった。遅い東北の春を迎えてソメイヨシノが咲き乱れていた。<BR><BR>　山を下り暫く走ると目の前には、信じがたい光景が目の前に広がっていました。見渡す限りの瓦礫の山が遥か先に続く海まで続いていました。一同声を失った。TVで何回も見た風景をいざ目の前にするとあまりに大きい津波の被害を実感しました。まずは仮設の市庁舎へ向けい、現場に到着して総務担当の方と面会しましたが、あまりの被害の規模が大きい為に詳細の避難所の状況は、把握されていない様子であった。挨拶を済ませてから、事前に目処を立てていた老人ホームの松原苑へと向かうい現地に到着して用件を伝えて事務長の村上様と木川田様に物資をお渡する。当初の話だと５０名収容と聞いていたが、行ってみると３００名まで増えていた。現地のスタッフの方々は相当お疲れのことであると思う。何も手伝い事が出来ずに後ろ髪を引かれる思いで、次の施設へと向かう。市街に出て見ると愕然とした。５階建の建物の４階までが津波の飲まれており、あちこちで警察や自衛隊の方々が救助活動をされていた。まだまだ復興とは程遠い状況であり、戦場にいるような錯覚になった。次は少し足を延ばして大船渡近辺の小さな漁港に行くが同様に何処も津波による大きな被害を受けていた。三陸鉄道の線路が歪な形で曲がり折れていた。この惨状が５００キロに続く太平洋岸全体に被害があると考えると、とてつもない規模で津波が起きた事が分かる。次に寄らして頂いたのは、避難所に指定されていた、体育館へ訪問させて頂いた。対応して頂いたのは、体育館の管理をされている方で、通常は、体育館運用をされている様子であった。今回対応された方々は、皆誰もが被災者でありながら支援を行っておられた。本当に頭が下がる思いであります！　陸前高田の訪問を終えて中継地の仙台へ向かいました。<BR><BR>　翌日はあいにくの小雨混じりの天気の中に福島の相馬に向けて出発しました。ここでもそうですが、高速を降りて相馬に向かう途中は、本当に素晴らしい風景が続いた。いつか子供を連れて訪れたいと思う程に牧歌的な風景でありました。暫く車を走らせて目的の相馬市役所に到着すると戸田君の友人の<STRONG>総務課に勤務する落合さんの</STRONG>手助けを頂き無事車をお渡しする事が出来た。その場で総務部長の菊池様のお話をお伺いする機会を頂き、相馬市としても市役所で３名が亡くなられて、市内では３００名と多くの不明者がおいでになるとの事であった。市役所を後にして被災現場を視察に行くと此処も大きな津波被害を受けて海から離れた田畑に大きな漁船が乗りあげられていた。松林は根こそぎ津波に引き抜かれた惨状が続いておりました。<BR><BR>　帰り道に６号線をいわき市方面に上り南相馬に入ると辺りは、人通りもなく多くの店も閉じられた様子でり、やはり多くの自衛隊車両と警察車両が見られた。暫く行くとバリゲートが張りめぐされて、そこから先へは通行禁止となり、その手前のコンビニエンスストアーの駐車場では、原発の白い防護服を着替えていた警察官の姿を目にした。東北道への帰り途に原発の避難勧告を受けた飯舘村を通過したが、本当にのどかな農村で海から離れた村民の方々は、何故避難しなければ行けないのかと言う思いが強いのではないか？と感じました。人が生きる上でエネルギーは無くてはならないが、人間がコントロール出来ないエネルギーが本当に必要なのか？これから時間をかけて自分なりに考えて行きたいと思います。<BR><BR>今回の旅行に於いて、現場を見た事で、胸に大きな思いが広がった。百聞は一見にしかず、行く事で多くの物を自身の目で確かめられた事が、この大災害を通じてこれからの日本を考えて行く上で大きな意味を持ったと思いました。もう以前には戻れないのだと、これからの変化や困難を乗り越えてより良い国を作ることが、大げさかもしれないが我々の手にかかっているであると！<BR><BR>印象として残った写真が津波で全てを流された後に残る桜が満開で、これだけの災害があっても力強く残る桜は、明日は必ず来る、また季節は巡ると言っているようでした！<BR><BR>Special thanks ：　北部ガレージ　鈴木様<BR>　　　　　　　　　　　　　　相馬市役所　総務課　落合様<BR><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850708.jpg" width=400 height=265><BR><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850707.jpg" width=400 height=265><BR><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850709.jpg" width=400 height=265><BR><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850717.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850718.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850719.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850713.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850711.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850727.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850716.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850735.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850736.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850747.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850750.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850757.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850756.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850760.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850759.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20110506_1850710.jpg" width=400 height=265><BR><FONT size=2>************************<BR></FONT><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff><FONT color=#0000ff size=2>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></FONT></FONT></A><FONT color=#0000ff><FONT color=#000000 size=2>************************</FONT></FONT>]]></content></entry><entry><title>東日本巨大地震の被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=28" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=28</id><issued>2011-03-22T16:48:00+09:00</issued><modified>2011-03-29T04:36:40Z</modified><created>2011-03-22T07:48:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　３月１１日に発生した東日本巨大地震により、犠牲となられた皆様に、深く哀悼の意を表すと共に、被災された方、そのご家族、関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。　空白の空いたブログを記載する事が、この様な大災害がきっかけとなるとは！自分自身でも考...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　３月１１日に発生した東日本巨大地震により、犠牲となられた皆様に、深く哀悼の意を表すと共に、被災された方、そのご家族、関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。<BR><BR>　空白の空いたブログを記載する事が、この様な大災害がきっかけとなるとは！自分自身でも考えもつきませんでした。また誰がこの大災害を予想できたでありましょう。TVから映し出される凄まじい津波は、人々と建物とありとあらゆる物、全てを飲み込み、残されたのは、家族を失った深い悲しみと喪失感、家々の残骸を残して去って行きました。毎日TVより映し出される何百、何千の家族の方々が安否確認に走る人々、気丈にも被災地の方々は、自分よりも不幸な人がいるからと口々に言い振舞っておられる姿を見るとただただ自分自身が非力である事を認識すると共にただ頬から伝う涙以外に自分で何が出来るかを問う毎日です。<BR><BR>　阪神大震災もそうでしたが、時間の経過と共に起こる出来事に過去に忘れ去られてしまう現実があります。私自身は、今回の大災害を日本人の将来への大きな岐路と考えて、今までの物質主義からの大きな転換期であり、失った大切な人の絆を取り戻す大きな扉が開いたと前向きに考えて行きたいです。この大災害を将来何十年後かに振り返る時に被災者の方々を含めて我々国民が、その時、笑える事が来る事を切に願います。今だからこそ出来る事を自分で見極めて進めて行く事の重要性は皆感じていることですし、皆が行動して行きたい気持ちに駆られていると思います。しかしこの大災害の本当の意味での復興の道のりは長く遠い事を理解して、皆で本当にこれから日本人としての姿を考える時なのかと！<BR><BR>　原発を含めてまだまだ予断を許さない時ですが、戦後の復興を乗り越えて来た先人に習い、我々は、この困難を必ず克服できると信じて、正しい道を向いての１歩を踏み出して行動して行きましょう！<BR>　<BR>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「<STRONG>頑張れ日本！」<BR><BR></STRONG>************************<BR><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000>************************</FONT>]]></content></entry><entry><title>TPP（環太平洋協定）を思う</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=27" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=27</id><issued>2010-11-11T10:51:00+09:00</issued><modified>2011-05-09T02:58:22Z</modified><created>2010-11-11T01:51:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　おはようございます。11月に入り晴天の日が続き、気温も温暖な事もあり皆様も秋を楽しんでおられることと存じます。しかし社会は尋常では無い出来事が毎日繰り広げられております。尖閣諸島の漏洩問題等々、日々我が国の置かれた窮状を目にすると将来的な不安を感...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　おはようございます。11月に入り晴天の日が続き、気温も温暖な事もあり皆様も秋を楽しんでおられることと存じます。しかし社会は尋常では無い出来事が毎日繰り広げられております。尖閣諸島の漏洩問題等々、日々我が国の置かれた窮状を目にすると将来的な不安を感じずにはおられません。<BR>　これからの将来を明るくする強い意志と目的を持った政府を待ち焦がれる事と、その責任も我々に委ねられている意識を皆が持つ必要があるのだと！<BR><BR>　さて、時を同じくしてアジアで重要な会議が立て続けに行われます。まずは、横浜で開催されるAPECと隣国の韓国で開催されるG20があります。立て続けにアジアで行われる大きな理由としては、世界の市場がアジア諸国の著しい発展と人口規模とGDP向上による旺盛な消費にて新たな世界地図の中心へと躍り出ようとしているからです。その中で正に我が国の将来を左右する大きな協定について話し合いが行われております。<BR>最近よく耳目にするTPP（環太平洋協定）アメリカを中心とした太平洋を囲む国々を中心に貿易や投資、人の移動が幅広い分野で自由化を目指す動きで、関税等にも大きく関わります。その中で、<BR>我が国は物作り大国として現在の地位を築いて来ました、多くの車や電化商品の精度の高さが評価された証でもありました。しかしながら現在は、製品の高さ以上に国の障壁を取り払い自由貿易が主となり隣国韓国は、率先して2国間協定を多くの国と取り交わして貿易を大きく伸ばして来ました。特にサムソンは、今では日本の大手メーカーを合わせたより大きな利益を上げるまでに成長しております。その成果の陰には官民一体となった協定への前向きな動きであったと聞いております。勿論その陰には、大きな代償として農業製品の関税撤廃による影響もありました。<BR><BR>　隣国韓国の動きを見た中で、日本の将来の大きな舵を取る時期に差し掛かっております。我が国の多くの政治家が人口２６０万人の農業を守れと叫びながら屋台骨である１１００万人が働く製造業の雇用が流出していくことに何の危機感も抱いていないように見えます。また農水省は、コメなど主要品目１９品目全て国の関税を撤廃すれば、毎年４．１兆円の生産額が減り自給率は、４０パーセントから１４パーセントに下がると試算した。極端な数字をはじいて農業を守ろうとしています。しかし<BR>本当にこれで良いのでしょうか？また日本の農業はそんなにも脆弱なのものなのでしょうか？私自身は、個人で買い物をする場合には、安全性と味を優先させて地産商品や国産商品を選ぶようにしております。以前にブログに記載した事がありましたが、スイスの農業事情の事を思い出しました。幾ら国が守ろうとしても選択するのは消費者で、その製品を供給する側と消費者のニーズが一致しなければ幾ら安くしても物は売れません。以前コメ不足の時に大量のタイ米が輸入されましたが、政府が考える以上に不足にも関わらずタイ米の消費が上げられなかったと記憶しております。<BR><BR>　日本の農業の持っているポテンシャルは高い物があり、特に中国でも相次ぐ食品事故から多くの日本の農産物が高い評価で売り買いされている事例を見ても品質の高さや美味さ等に付加価値があると思われます。勿論全ての農家が該当する分けでは無いと思いますが、努力と品質を求める農家に取っては大きな飛躍にもなるのではないかと。どんな世界にも競争があり、物作り大国となった車や電化商品も多くの戦いに切磋琢磨して勝ち残ったからこそ現在があるのだと確信しています。悲観的に捉えるのではなく前向きに進んで行きたいものです。<BR><BR><BR>　　　　　　　　　　　　　　　　（日経新聞２０１０年１１月９日、１０日1面TPP日本の選択より一部抜粋）<BR><FONT size=2>************************<BR></FONT><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff><FONT color=#0000ff size=2>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></FONT></FONT></A><FONT color=#0000ff><FONT color=#000000 size=2>************************</FONT></FONT>]]></content></entry><entry><title>秋の散策</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=25" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=25</id><issued>2010-11-08T14:47:00+09:00</issued><modified>2010-11-25T08:39:04Z</modified><created>2010-11-08T05:47:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　こんにちは？　先週末に秋葉原へ散策へ行って参りました。最近では、様々な意味で注目されている秋葉原、特にオタク文化の発祥地であり今やアイドルまでもを輩出するまでになり、原宿、渋谷と双璧をなす新たな流行を生み出す地域へ足を踏み入れて見ました。　さて...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<br>　こんにちは？　先週末に秋葉原へ散策へ行って参りました。最近では、様々な意味で注目されている秋葉原、特にオタク文化の発祥地であり今やアイドルまでもを輩出するまでになり、原宿、渋谷と双璧をなす新たな流行を生み出す地域へ足を踏み入れて見ました。<br><br>　さて、私の秋葉原の印象は、やはり電気街であり、最近耳目にするようなイメージは実のところ良く理解されておりませんでした。特に過去ではCMで良く目にした〇丸電気の宣伝が記憶がある位で、最近では、電化量販店の進出で秋葉原まで家電を買いに行く必要もなくなり、乗換程度で寄ることは、あっても下車して街を歩くような機会がありませんでした。今回、家族で新たな文化を目にしようと意を決して訪問しました。　大きな変化は、電気街を中心に発展していた街並みが、某大手電化量販店の進出で新たな街並みが出来ておりました。新たな地域へ車を駐車すると以前の混み合った街並みから少しモダンな風を感じます。しかし流石に世界の秋葉原、外国人は元より多数のマニアチックな人々の往来で圧倒されてしまします。子供の手を引きながら、旧市街の電気街へ出るとより、マニアチックな密度が濃くなります。<br><br>　娘は、道々に立つメイド風のお嬢さんの格好を見て、自分も同じ格好をするんだ！と泣く始末。大変な所へ連れて来てしまったと後悔！　しかしある意味でこれだけの人々を寄せ付ける魅力もまた感じました。とにかくあらゆる物が、ごった煮のように集まり変化してカオスの様相を呈しながらも熱気と新たな物を生み出している感じを強烈に感じました。いわゆるオタク文化が公認されてから久しくなりますが、もうオタクではなく１つの文化なのでしょう。特に外国人には奇異に見られるものも既成概念に捕らわれずに、規制の強い日本から生まれたのも面白い出来事であると共に、反面その規制を否定するアンチテーゼであるのだと。<br><br>　さて、皆さんも機会があれば違う日常を求めて散策する事をお勧めします！<br><br>&nbsp;ちなみの帰りに銀座に着くと僅かな距離なのに大きな違いに驚くとともに何か安心した気分となりました。<br><br>　<img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101108_1461794.jpg" height="300" width="400"><br><br>　<img src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101125_1484199.jpg" alt="" class="pict" height="300" width="400"><br><br>　<img class="pict" alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101108_1461796.jpg" height="400" width="300"><br><br><br>************************<br><font color="#0000ff"><u><a href="http://www.mhcl.jp/" target="_blank"><font color="#0000ff"><u>株式会社町田予防衛生研究所<br>TEL：042-725-2010<br>URL：http://www.mhcl.jp<br></u></font></a></u></font><font color="#000000">************************</font><br><br><br>]]></content></entry><entry><title>今日から１１月が始まります。</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=24" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=24</id><issued>2010-11-01T14:19:00+09:00</issued><modified>2010-11-08T02:12:18Z</modified><created>2010-11-01T05:19:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　早いもので、今日から１１月が始まります。残すところ今年も２ｹ月となりました。皆様に於かれましては、来月に師走を迎えるに当たり思いも様々であると思います。暦で言うと霜月で、昔は霜降月と言われていたそうです。週末は、台風が通過したりと慌ただしい天候...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　早いもので、今日から１１月が始まります。残すところ今年も２ｹ月となりました。皆様に於かれましては、来月に師走を迎えるに当たり思いも様々であると思います。暦で言うと霜月で、昔は霜降月と言われていたそうです。週末は、台風が通過したりと慌ただしい天候でしたが、確実に冬に向かっている事を感じます。<BR><BR>　さて、１１月1日が何の日かを調べて見ますと「灯台記念日/1949年海上保安庁」「犬の日/1987年ペット工業会」「計量記念日/通産省」他１１団体による記念日があります。それぞれの思惑で記念日にしたのでしょうが、あまり耳にすることもありませんので、雑学として皆さんにお伝えします。<BR>　あと、ラジオ体操放送が開始されたのが、1928年11月1日で、古くからの歴史があった事に驚いております。また面白いところでは、ハローキティの誕生日が1974年１１月１日生まれで３６歳になります。キティちゃんもそう考えるといい歳ですね！<BR><BR>　最後に花言葉では、唯一の恋だそうです。唯一の恋？どのように受け取ればよいのでしょうか？<BR><BR>皆さん、日々寒くなりますが、お風邪など引かぬように！<BR><BR>************************<BR><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000>************************</FONT>]]></content></entry><entry><title>自然との共存２</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=23" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=23</id><issued>2010-10-28T13:09:00+09:00</issued><modified>2010-11-08T02:13:03Z</modified><created>2010-10-28T04:09:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　前略、今日は、冬に入ったような寒さですね。朝から冷雨が降り温度も上がらない様子今週末までは、この様な天気が続くそうです。早く青空を拝みたいものです。　　さて、昨日tvでニュースステーションを見ていると大変興味深いテーマを放映されていました。前回ツ...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　前略、今日は、冬に入ったような寒さですね。朝から冷雨が降り温度も上がらない様子今週末までは、この様な天気が続くそうです。早く青空を拝みたいものです。<BR>　<BR>　さて、昨日tvでニュースステーションを見ていると大変興味深いテーマを放映されていました。前回ツキノワ熊の被害について投稿させて頂きましたが、昨日偶然にも熊との共存について兵庫県在住にてりんご園を営んでおられる幸福さんと熊の共存を放映されており、他の熊の被害同様に山の餌不足で多くの熊が里に降りて来て、山に隣接している幸福さんのリンゴ園を壊滅的な被害を受けたそうです。強い怒りで一時は、熊との戦争だと決心もしたそうです。しかしよく考えて見ると何故多くの熊達（推定６匹）の熊達がここまで降りて来るのか、怒りを抑えて考えて見るとそこに答えが隠されていたそうです。以前は営林所に勤められていた幸福さんは、高度成長期の真っただ中に杉などの植林を積極的に行い、逆に広葉樹の林を多く伐採したそうです。それらの人間の都合で山を変えた付けが、今に帰って来たのだと。杉林は杉以外の生物を寄せ付けず、ミミズすらも生息できないと話されていました。また杉の値段が下落した事により手入れが疎かとなったことが、熊を始めとする動物たちの境界線が明確で無くなった事が大きな原因であると仰っていました。そこで、幸福さんは、杉林を整備して一部伐採した所には、広葉樹を植林しました。気が長くなる作業ですが、多くの成果を残しております。まず杉林を整備した事により明確な境界線が出来て熊が降りる事が大幅に減少した事と植林した広葉樹が実を付けて熊や動物たちの餌が豊富になり里まで降りることが無くなったそうです。<BR>　幸福さんの行動力には、敬意を表しますが、本来は、我々自身もこの様な取り組みに少しでも関与して行かなければならないと強く感じております。そんな折に番組でもエコの導入が積極的になされる中で、二酸化炭素放出削減を目指した一環で広葉樹の植林に対して企業や個人でも酸素権を買い取る制度があるそうです。ぜひこの様な動きには積極的に関与して行きたいですね！<BR><BR>　参考までに熊の保護に関するNPOのアドレスを添付します<BR><BR><A href="http://npo.picchio.jp/index.html">http://npo.picchio.jp/index.html</A><BR><BR>************************<BR><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000>************************</FONT>]]></content></entry><entry><title>秋の散策</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=22" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=22</id><issued>2010-10-26T09:41:00+09:00</issued><modified>2010-10-27T07:19:06Z</modified><created>2010-10-26T00:41:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　１０月に入るとだいぶ秋めいて来ました。TVでは、各地の紅葉情報が放送されて折、山々が色付き始めた光景を写される機会も多くなって参りました。また、今年は、異常気候の影響か何時になく熊による被害と出没件数が過去最多であるようです。熊も好き好んで人里ま...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR><BR>　１０月に入るとだいぶ秋めいて来ました。TVでは、各地の紅葉情報が放送されて折、山々が色付き始めた光景を写される機会も多くなって参りました。また、今年は、異常気候の影響か何時になく熊による被害と出没件数が過去最多であるようです。熊も好き好んで人里まで降りる事も無いでしょうから餌がそれだけ不足しているようです。特に本州に生息しているツキノワ熊については、主食となるどんぐり等の木の実が、今年はまったく実を付けない状況だそうです。北海道に生息しているヒグマは、あまり深刻な状況では無い事が記載されておりました。<BR>&nbsp;<BR>&nbsp;そのような中、名古屋でCOP１０（生物多様性条約第１０回締約国際会議）が開催されております。現在地球上に科学的に明らかにされている生物種が約１７５万種、未知のものも含めると３０００万種とも言われる生物が地球上で暮らしております。しかし環境破壊や温暖化による被害、海外から持ち込まれる外来種による影響等でICUN（国際自然保護連合）がまとめた２００９年度版の「レッドリスト」には、絶滅の恐れの高い種として８７８２種の動物や８５０９種の植物がリストアップされています。日本においてもレッドリストに３１５５種が絶滅の恐れのある種として記載されています。先程のツキノワ熊についても九州では、既に絶滅したようです。これから人と他の生物の関わりを真剣に考えて行かなければならない時期にきており、我々の都合で生かす殺すと言う事ではなく、如何に共存する為に我々が許容して変化して行くことであるのかと強く思います。<BR><BR>　昨今は、子供への虐待や老人の介護等の問題が大きく取り上げられる中で、一見分野の違う話題であるかと思われますが、全ては人のやさしさの欠如からくるものであり自身も多々の反省を感じている次第です。今日からでも出来る事を見つけて実行して行きたいと思います。<BR><BR>　追伸：日光へ小学校以来行って参りました。今年の紅葉はあまり色付きが良くないようです。<BR>　　　　　東照宮は、子供たちで溢れかえっておりました。<BR><BR><BR>　　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101026_1444177.jpg" width=400 height=265><BR>　　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101026_1444178.jpg" width=400 height=265><BR>　　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101026_1444179.jpg" width=400 height=265><BR>　　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101026_1444190.jpg" width=400 height=265><BR>　　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101026_1444189.jpg" width=400 height=265><BR>　　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101026_1444191.jpg" width=400 height=265><BR><BR>************************<BR><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000>************************</FONT>]]></content></entry><entry><title>追記：９月の思い出</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=21" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=21</id><issued>2010-10-19T16:09:00+09:00</issued><modified>2010-10-20T00:48:17Z</modified><created>2010-10-19T07:09:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　もう１ヶ月も前になりますが、今年の９月は、本当に暑かったですね！　地球の温暖化を体感するよう月でした。最近は、具体的に何時何を誰と等々忘れる事が多いので簡単なダイアリーを付けるようにしているのですが、９月を読み返すとやはり暑さと円高の事が多く記...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　もう１ヶ月も前になりますが、今年の９月は、本当に暑かったですね！　地球の温暖化を体感するよう月でした。最近は、具体的に何時何を誰と等々忘れる事が多いので簡単なダイアリーを付けるようにしているのですが、９月を読み返すとやはり暑さと円高の事が多く記載されておりました。<BR>&nbsp;<BR>　さて、思い起こして９月は、娘を伴い近所の子供の国へ散策へ行きました。動物好きな娘が、牧場へ行きたいとせがむので、行くと牛やヤギなどの偶蹄類が、宮崎で起きた口蹄疫の影響で見ることが出来ませんでした。終息宣言が確か発令した後でしたが、傷跡の深さを感じずにはおられません出来ごとでした。<BR>　<BR>　また９月には、個人的に嬉しい出来事があった。幼馴染と１０年振りの再会を果たした。年賀状のやり取りはしていたのですが、お互いに家庭を持ち仕事をしていると月日の経過が早く、ようやく再会を果たす事が出来ました。お互いに始めはメールでのやり取りで、何か照れもあり、よそよそしい文章でのやり取りをしておりましたが、いざ会うと会う事の無かった月日は氷解して、直ぐに昔の関係に戻れました。昔の友は大切ですね！<BR><BR>　キノコ狩りに長野県の蓼科へ家族で行って参りました。きのこはこの暑さで、まだ収穫の時期は早いとの事、予定を変更して旧中山道の宿場町でもあった奈良井宿へ行って来ました。数百年前に侍が参勤交代で通貨していく姿を想像してロマンを感じます。久しぶりの名産の五平餅を食べると何か懐かしい味と思いが湧いてきました。<BR><BR>　町田天満宮の収穫祭、通年は雨が多いのですが、今年は晴天に恵まれたお祭りとなりました。子供の頃と変わらずに縁日に境内の屋台を見ると心が躍るような楽しさがあります。時代が変われど金魚救いに綿あめは、今でも子供の人気があるようです！但し年々、町内の神輿を担ぐ人が少なくなり担ぎ手がいない事が、大きな問題となり、こんな所にも高齢化の影響があるのだと！<BR><BR>　最後に愛犬が胸に腫瘍が出来て手術をした後に被りものをして帰宅しました。本院の神妙な顔付とは、裏腹に何か笑ってしましました。（現在は至って元気です）<BR><BR><BR><BR>　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434150.jpg" width=400 height=265><BR>　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434149.jpg" width=400 height=265><BR>　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434148.jpg" width=400 height=265><BR>　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434152.jpg" width=300 height=400><BR>　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434153.jpg" width=400 height=300><BR>　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434151.jpg" width=400 height=300><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434156.jpg" width=400 height=300><BR><BR><BR>何か日記のような文章となってしましましたが、９月の思い出とさせて頂きます！<BR><BR><BR><FONT size=2>************************<BR></FONT><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff size=2><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000 size=2>************************</FONT><BR>]]></content></entry><entry><title>追記：8月の思い出（後半）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=20" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=20</id><issued>2010-10-19T15:49:00+09:00</issued><modified>2010-10-20T00:50:42Z</modified><created>2010-10-19T06:49:00Z</created><summary>　成田を経ち3時間が過ぎて眼下に夜の上海浦東の明かりが見えている。間もなく上海に到着だ。上海には年に数回訪れるが、毎回違う姿が見えて来る。今回の目的は親戚の結婚式と杭州への小旅行である。空港に到着すると妻と娘と久しぶりの再会である。それ程期間が経ってい...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<BR><BR>　成田を経ち3時間が過ぎて眼下に夜の上海浦東の明かりが見えている。間もなく上海に到着だ。<BR>上海には年に数回訪れるが、毎回違う姿が見えて来る。今回の目的は親戚の結婚式と杭州への小旅行である。空港に到着すると妻と娘と久しぶりの再会である。それ程期間が経っていないけれども娘が大きくなったように感じる。明日からは、杭州に向けて出発である。<BR>　郊外にある義母の家から歩いてバス停へ向かう。大きな幹線道路には、多くの人が無秩序にバスを待っている、標識や行き先も書かれていないのが不思議である。どのようにしてバスを探すのか？<BR>暫くするとその答えが見えた。大声を上げている男がバスから降りて来た。この男はさしずめバスガイドならぬバス斡旋者で、待つ人々に行き先を告げて乗車を促すのである。我々が待つバスもやって来た。バスには日本同様に中高年が多数乗り込んでいた。特に指定席がある訳でもなく人数の調整はしている様だが、席の確保は人任せで空いている席を見つけて、どうにか乗車。しかしローカルのバスは賑やかである。日本と同様におじさん、おばさんは、話に花が咲きバス全体が宴会のような大賑わいである。車窓からに景色に目を向けると郊外に入り田園風景に変わる。しかし感じた事は、<BR>どこへ行っても建設ラッシュである。日本の高度成長期と同じく、まさに好景気に沸いている様子が見て取れる。ようやく始めの目的地である、天目山に到着する。日本で言えば避暑地となるのだろう。昔からの景勝地で渓谷があり、上海や近くの杭州からの別荘ラッシュで沸いている。<BR>　やはり今まで抑圧された環境より解放された中で、皆がそれを謳歌しようと旅行や買い物と続き、その次に家や別荘と抱く気持ちは理解できる。特に最近では、環境問題が叫ばれる中国だけに自然に癒しを求めてくる事は、人々の切実な願いなのだろう。<BR>　<BR>　杭州へと向かう。勿論TAXIなどある訳は無く村人に交渉して自家用車で杭州市内まで送って貰う事となる。広い中国だけあり、この地域の言葉は、標準語では無く独自の言葉だそうで地元の言葉は理解できないと妻が教えてくれた。（勿論外部の人と話す時は標準語の北京語を話す）<BR>山々を抜けて3時間すると杭州に到着する。李白を始めに中国の芸術家より愛された町だけあり、他の都市と比較しても西湖を中心に綺麗な街である。今日宿泊するホテルは、以前に毛沢東が英語を学んだ施設で国営から民間に移りホテルとして営業している。西湖の畔に佇み、趣のあるホテルでさすがに毛沢東が住んでいただけにセキュリティも軍が管理しているそうだ。杭州は、皆さんのご存知の方も多いかと思いますが、シルクロードの出発点で、街には昔よりシルクを売る店や通りが点在している。昔に思いを寄せるとここから遥か遠くの異国へ向かう人々はどの様な思い出出発して行ったのだろうか？機会があれば将来、シルクロードも訪れてみたいと思う。ここは、やはり独自の文化で食事にも色濃く反映されていた。特に面白いのが、西湖に咲く、蓮を料理にも多く利用している事だ。<BR>蓮の葉に包んで、蒸した鶏肉は絶品である。またハゼのような魚を甘辛く煮込んだ料理も上品な味で美味しかった。翌朝に西湖の畔にある茶店に飲茶へと行く、飲茶と言っても広東式とは、大きく異なり茶がメインで軽い料理が出される程度であった。しかし窓から見える風景は、素晴らしく、西湖を囲むように山々が連なり、丘には昔よりの寺院や古くからの建造物が点在している。悠久より多くの詩人達が同じ景色を観ていたと思うと感無量である。<BR>　上海へは、鉄道を利用して帰る事となった、中国政府が力をいれている高速鉄道で、見た目は新幹線である。将来は、上海から北京までを結ぶ計画があうようだ！初めての鉄道旅行だが、何より驚いた事が、杭州の駅に着くと人、人、人と際限のない人の波に圧倒されてしまった。娘を抱きかかえて人を分けて駅に向かう。杭州はハブ駅なので、多くの旅行者が利用するようだ。約2時間で上海に到着する。<BR><BR>　今日は、いよいよ目的の１つである結婚式だ。中国でも最近では、日本同様にホテルでの結婚式が増えている様子、多くはレストランや田舎であると自宅で行う事も多いようだ。今回は、上海の浦東のホテルで行われた。不思議なのが、開催時間も曖昧で来客も各々の装いで来ていた。日本よりもカジュアルな感じが強く感じた。また中国だけにテーブルは、円卓で食事は、大皿料理で各テーブルで各々に好きなだけ取り分けて食べた。結婚式も佳境に入ると日本と同様に花嫁・花婿の親のスピーチが始まる。双方の親へ花束を贈呈して、最後は余興のビンゴゲームで式は終了した。しかし始りも終わりも何の挨拶が無いのは、文化の違いか？帰りも三三五五散って行った。<BR>　<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434051.jpg" width=400 height=265><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434050.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434049.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434059.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434058.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;&nbsp;<BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434067.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434066.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434072.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434074.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434081.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434079.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434083.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434097.jpg" width=400 height=265><BR>&nbsp;<IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20101019_1434096.jpg" width=400 height=265><BR><BR><BR><FONT size=2>************************<BR></FONT><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff size=2><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000 size=2>************************</FONT><BR>]]></content></entry><entry><title>追記　８月の思い出（前半）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=19" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=19</id><issued>2010-10-19T09:39:00+09:00</issued><modified>2010-10-20T00:53:10Z</modified><created>2010-10-19T00:39:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　暑い夏が過ぎて、すっかり秋めいて参りました。朝晩の温度変化の格差で、うかつにも風邪を引いてしまいました。皆様は、この秋をどの様に過ごされますか？紅葉も今年は、例年より遅くなるそうですが、夏の暑さを経て例年以上に綺麗になる予想です。また食欲の秋で...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　暑い夏が過ぎて、すっかり秋めいて参りました。朝晩の温度変化の格差で、うかつにも風邪を引いてしまいました。皆様は、この秋をどの様に過ごされますか？紅葉も今年は、例年より遅くなるそうですが、夏の暑さを経て例年以上に綺麗になる予想です。また食欲の秋ですから、美味しい物を求めて散策されるのも良し、秋の夜長に本を読み漁るのも楽しいかと思います。私自身も手元に購入した本が山積みされているのですが、読み切れていないのが現状です。最近では、姜尚中さんのオモニを購入しました。元々彼の考え方やスタンスに共感することが多く、彼自身の過去、家族について綴った構成になっており興味を持ちました。まだ未読なので、本の感想も近く報告出来たらと思います。<BR><BR>　さて、筆不精と時間に追われて７月以降の投稿が出来なかった分を纏めてUPしようと思います。投稿用に写真も撮っていたので合わせて載せます。<BR><BR>　８月は、前半と後半に渡り、中国へ訪問して来ました。前半は香港へ家族と共に友人に会いに後半は、中国本土の上海と杭州へ行って参りました。<BR>　まずは、香港ですが、中国本土より多くの資本が流れて、今までの中でも最も好景気に沸いています。観光客目当ての商売は元より不動産についても価格が本土からの購買者により青天井だそうです。<BR>　香港に来る多くの目的は、友人との親交がメインですが、やはり食は広東にありと言われる通り、食事が楽しみです。どうしても香港＝中華料理となりますが、勿論中華料理も美味しいのですが、そこは、コスモポリタンであるだけに多くの国の料理を楽しむ事が出来ます。また香港人は、あまり家庭で食事を取る事もなく、大体は、家族や友人を連れ立って外食が多く、街には所狭しと多くのレストランが点在しております。特に週末ともなりますと飲茶を食べに朝からレストランは大賑わいです、週末の朝は家族全員で朝食を取ることは、彼らの文化であり、レストランへ行くと家族団欒の光景を見ることが出来ます。以前は日本も大家族で当たり前の光景だったのですが？<BR>　今回も忙しい中、多くの友人が集まってくれて毎晩美味しい料理に舌づつみを打っておりました。私自身の好物でもある中華料理の中で潮州料理と言いれる中国南部沿岸部（香港の近郊）の海鮮料理が日本人の口にも合い美味しく頂きました。どうしても日本の中華のイメージは偏り（かくある私自身も家内と結婚する前はそうでしたが）炒飯や餃子、マーボードフ（中国東北部の料理/地理的に近い事もあり日本に伝わった考えられます）と言った具合です。しかし和食同様に地域地域で味や食材も変わります。ぜひ皆様も機会があれば、様々な中華料理を楽しんでみては！<BR><BR>　話は変わりますが、香港人の日本好きは、あまり我々日本人には知られていない一面です。彼らの多くが日本製品に信頼を抱き、多くの香港人が日本に旅行へ来ます。特に北海道については、私の友人も毎冬にはスキーを滑りに家族で訪れております。香港は先にも述べました通り、中国でありながらも永いイギリスの統治下に置かれた歴史の中で、非常に民主化が進んでおり人々も海外との接点を多く持ち数各国語を話せる人が多いです。<BR><BR>　私自身の個人的感想ですが、現在多くの事項で中国本土との問題が上がっております。歴史観や文化面での違いがクローズアップされますが、多くの本土の友人や知人と付き合う中で、それ程多くの違いや違和感は無いのです。国家間のメンツや誤った情報、少数の民族主義者の扇動に乗らないようにしなかれば為らない事と隣人とお互いに胸襟を開いて話をしていく努力が双方にあるように感じます。　その中でビジネス面でも文化面でも香港人が、この架け橋になってくれるように期待しております。経済の強みと民主的な考えを持つ彼らがその適任でと思います。<BR><BR><FONT size=2>************************<BR></FONT><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff size=2><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000 size=2>************************</FONT><BR>]]></content></entry><entry><title>猛暑お見舞い申し上げます！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://mhclceo.jugem.jp/?eid=18" /><id>http://mhclceo.jugem.jp/?eid=18</id><issued>2010-07-27T14:43:00+09:00</issued><modified>2010-07-30T08:38:58Z</modified><created>2010-07-27T05:43:00Z</created><summary>&amp;nbsp;　　猛暑お見舞い申し上げます！　梅雨が明けたと思った矢先に３５度を超す猛暑に皆さまもお疲れの事と存じます。1度気温が上がるたびに経済効果が高くなり景気には良いようですが、我々には、まずは健康の維持と熱中症対策が求められますね。　昨日は土用の丑の日...</summary><author><name>MHCL CEO</name></author><dc:subject>日記</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[&nbsp;<BR>　<BR>　猛暑お見舞い申し上げます！<BR><BR>　梅雨が明けたと思った矢先に３５度を超す猛暑に皆さまもお疲れの事と存じます。1度気温が上がるたびに経済効果が高くなり景気には良いようですが、我々には、まずは健康の維持と熱中症対策が求められますね。　昨日は土用の丑の日で、商店街を歩いているとうなぎを焼く良い匂いが漂っておりましたが、皆様もしっかりと栄養は付けられましたか？　体力維持を図る上でも、しっかりした睡眠とバランスの取れた食事が不可欠です。<BR><BR>　しかし1週間を超す猛暑は、近年問題に挙げられている地球温暖化の影響が強いと感じずにはおられません。日本のみならずに連日世界各国における異常気象のニュースを聞くたびに将来への不安が大きくなります。政治は参院選後のねじれで大きな進展と期待は望めません。目先の国民の喜ぶ政策よりも将来の不安を払拭するための政治をいい加減にやって貰いたいと憤りを感じる方は多いのではないかと思います。その大きな１つとして地球温暖化の問題は、目先の利益ではなく、人類の存亡に関わる問題であると私は思います。特にお子さんやお孫さんをお持ちの方々に取り、将来子供達や孫達が苦しむ環境を誰も望んでいる分はずがありません。短期的な子供手当よりも長期の視野に立った政策の実施を待ったなしに行わなければなりません。<BR><BR>　我々自身も誰かに期待するのではなく、動けることがあると思います。例えば下記に記載した写真は、私が毎日犬の散歩をする川ですが、以前私が子供の頃は、生活排水が流れ込み、ゴミが散乱する川でした。しかし人が意識して手を加えることで今では、カワセミを始めとする多くの野鳥や今まで見ることのなかった魚達が戻って来ました。ぜひこれを例として世界で共有していける事を切に願わずにはおられません！<BR><BR><BR><IMG class=pict alt="" src="http://mhclceo.img.jugem.jp/20100727_1301465.jpg" width=400 height=300><BR><BR><FONT size=2>************************<BR></FONT><FONT color=#0000ff><U><A href="http://www.mhcl.jp/" target=_blank><FONT color=#0000ff size=2><U>株式会社町田予防衛生研究所<BR>TEL：042-725-2010<BR>URL：http://www.mhcl.jp<BR></U></FONT></A></U></FONT><FONT color=#000000 size=2>************************</FONT>]]></content></entry></feed>
